本日はシルバーウィークの敬老の日にあたるということで、日頃はアクセクと投資話を更新している中、少し腰を降ろして、人生は投資だけじゃないという素直な気持ちを吐露してみたいと思います。

敬老の日となると親や老人世代の事を思いやる日ということですが、私事ですが、ここ数年、実親家族は様々な大きな病気で、すでにまともな生活は難しくなっている中、余命も後いくらかという状況です。私自身は、「人はいつか死ぬもの」という気持ちを持っていて、あまり死については怖いなど、あたふたするなど感じないのですが、年を取ってきた親の日頃からの愚痴や不満を聞いていると、自分もひょっとしたらその時期になると、こうなってしまうのかなぁと感じることも多いです。

そこで、日頃はこのサイトでも投資の話が多いように、ある程度、資産を築いて、それなりに楽しく生きていければ良いとは考えているのですが、あまり「お金、お金」し過ぎずに「体の健康と心の健康」にもっと気を使って生きていかないといけないなと感じています。

「がん」と言えば優待で有名な桐谷さんも「がんを公表」して、さらには「優待ばかりを消化する生活ではなく、もっと自由にお金を使っていれば良かったと後悔の弁」を述べられています。個人的に桐谷さんの性格上、素直にその時に思った気持ちを述べているだけで、優待は好きだし、それなりに楽しい生活をしてきた人だと感じていますが、やはり病気など老衰を感じ始めると「生きている時の生活の質」の方をより考えるようになりそうです。

私も長い間、「優待」にはお世話になってはいるものの、特にここ最近の優待クロス取引事情ですと、優待取りをしている人たちは自分を含めて、池に餌を撒かれて食いついている鯉の姿が重なることが多いです・・・。

(イメージ)

優待という餌に釣られて、ついつい本当に自分がもっとしたいことをおろそかにして、そちらを欲しがってしまいます。確かに優待という餌は美味しいですし、たくさんの方が群がるのも分かりますし、食べれないとそれはそれでさみしい気持ちになるのですが、それ以上に「外食で優待消化(結構、年取ってくると胃もたれをおこすし健康に悪い)」「有効期限がある優待を使わないと損した気持ちになって無理な生活様式・・・」などなど、本当にこれはQOLが上がっているのか?と感じることもしばしばです。

個人的には一時期に比べると、食いつきに行かないように努力をしているのですが、やはり優待に関するサイト運営をしているぐらいですので、もう生活の一つとして組み込まれているように感じます。きっぱりとやめるのではなく「ミイラ取りがミイラになる」といったことにならない程度に、時折、行き過ぎた行動になっていないか確認したいなと感じています。


時代の速い変化に付いていくことに必死になるのが良いのか?ということにも日頃から感じる部分です。

情報化社会から、AI社会に進化している世の中ですが、次から次に新しい便利なものが発明されて、その便利なものを活用しないと、うまく渡り歩けない世の中になっています。もちろん、これまで同様に先んじてチャレンジして「新しいものを取る」という行動は有意義だとは思いますが、最近は、変化が速すぎて、人間が楽しくついて行ける域を超えてしまっているのでは?と感じることもあります。

スピードの競争社会に必至に追いつけ追い越せで動ける人(勝ち抜ける人)は良いものの、そこで得たものは、そのスピードの速い社会でしか有意義にならないとなると、やはりしんどいなぁと感じてしまうのが今日このごろです・・・。

もっとバラバラにそれぞれのペースで生きていける社会の方が、これからの世の中は望ましいのではないか?と思ったりして、さらにスピードが遅い生活に対して、そちらの方が有意義かもしれないと多くの方が気付ける社会になってほしいなと敬老の日になると感じたりします。競争社会に活躍している人は、今の社会だとアピールされて多くの方には羨ましく見えるかも知れません。

でも、個人的にはそういうのは見ていて何か虚しいと感じる所も多いです。

ちょっとした小話ですが、私は「京都生まれ」なのですが、有名な「金閣寺」よりも「銀閣寺」の方が好きです。決して綺羅びやかではないものの「日本の良き文化・侘び・寂び」を感じられます。哲学の道をのんびり歩いて、あまり急いだ解決策なども考えず銀閣寺を訪れると、今の世の中において、本当に大切なものが見つかるような気がしています。

哲学の道ホームページ

哲学の道保勝会という団体が保全してくれています。ホームページにあるように四季のどのシーズンに行っても表情が違います。私のおすすめルートは「南から北側に進むルートです」。幼い頃から東天王町のバス停で降りて、南禅寺門か?永観堂を中に入らず寄り道して、だらだらと哲学の道を歩いて銀閣寺を目指してました。こころ落ち着く瞬間で、現代社会こそ、深く物事を考えるには良い場所だと思っています。

いろいろ見どころはあるのでしょうが、そういうのを気にせずダラダラとその場を感じるのをオススメします。